キータは主人に頼まれてミルクのお遣いに出た。
黒いからだがライトに反射するアクセルが行ってらっしゃいと、一つしか無い目をウインクさせた。
キータは坂道を登っていく。
主人がミルクを頼むのは決まって夕刻だった。それは、キータたちの仕事が一段落して、主人たちが館へ帰る頃だった。
自分の身には余るようなオレンジ色の光が天から恵まれた。キータはやはり、オレンジ色に染まりながら、道を急いだ。
「はいよ! いつもの分、取り置いてるよ」
ミルク屋のおじさんは必ずそう言って、冷えたミルクをキータに持てるだけ売った。
キータは持たされていたお金をミルク屋のおじさんにそのまま渡す。
「うーん、多いな。これ、お釣りね」
人差し指と中指で挟んだ硬貨をキータは少し嬉しく思いながらおじさんから受け取った。
ミルク屋の奥からは発酵させた独特の乳の匂いがした。これはバターの匂いだ、と昔訊いたときにおじさんが言っていた。
その匂いはテルミナル(駅)まで漂っている。つられて野良猫がやってきていた。
キータはそこに来ている子猫に、お釣りが出たときだけ魚の燻製を買って持って行っていた。今日も通りを裏に回って、安い魚の燻製を買い求めた。
魚とは広い青い水たまりを泳いでいる生物だと何かで知った。
キータはついぞ海というものを見たことがなかった。キータにとって魚とは燻製だったし、それはこの子猫にとってもきっと同じだった。
早く子猫のところへ行こう、そればかり考えていた。
夏という季節が近づいていた。

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