「これはこん学園のある丘、花綱重町の歴史がのっとる本ヤチャ。見られま」
「……ありがとう!」
音々子は急いで本を受け取った。分厚い本の表紙には「花重綱町~漁業と山の町~」とある。
さっそくめくってみると、写真が巻頭にあり、丘からの花重綱町の移り変わりが一目瞭然に比べられるようになっていた。
音々子と央一とナターシャは閲覧用の机に戻ると顔を突き合せて座った。
「明治頃の貴重な写真も載っとッチャえ。見んまいけ(一緒に見よう)」
ナターシャが開いたページには白黒ながらもコントラストの美しい立山連邦が紙面を飾っていた。花重綱町から見られる、見慣れた姿だ。
もうひとつページをめくる。
「こいつは……」
「この館……!」
まさにあの林で見た館がここには写っていた。
(でも、ダナ……)
「ナターシャ、これいつ頃の写真だ?」
「こん写真は明治ヤチャ」
「もっと近い年代のはないのケ?」
「なんも」
「ないのか?」
「なーも」
「そんな……」
フフフン。そこで央一は笑った。
「何を笑っているのよ、バカなの?」
「失敬な! ガッカリすることはないぜエねこちゃん。一つわかったことがある!」
「わかったこと?」
音々子が手帳に挟んでいたボールペンをカチカチと強迫的に鳴らす。
「ないんだ!」
「ええ、写真はなかった」
「だアから、あの異人館は『ない』んだ」
「異人館は『なかった』……?」
腑に落ちないのか、音々子が繰り返し呟いた。
ナターシャがゆっくりと口を開く。
「写真がないガは、取り壊されたからヤチャ」
「そんな! だって……確かに見たわ! あったわ! アンタも見たじゃあないの!」
央一はニマニマと笑いながらどーどーと興奮する競走馬を落ち着けるように両手を上げた。
「見た! だがそれは、」
「霊界のものなガ」
「霊界のもの?」
「そうヤチャ。あのっさんがあっちの人なら物もあっちのもん。文字通り、あのっさんの隠れ家ナガいぜ」
「ソウイウコト」
「ここからなら見えるガいぜ」
そう言ってナターシャは二人を窓際へ呼び寄せた。
そしてシャッと重たい色のカーテンをはぐ。自分たちが吸血鬼になったみたいだ、と央一は思いながら瞳孔を細めた。
「ここは正門から一番遠い校内の施設ヤチャ。その代り図書館門があるガ。……それはおいといて、ここから見える『校外』の林、あこらへん。その中に昔、異人館が建っとったガ。今は見えないヤロ?」
音々子が窓を覗き込む。央一も手をかざして目を見張る。
自分たちは学校の校舎から裏へ裏へ、正門から遠くへ行ったのだ。つまり、丘を更に登って行ったということ。

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