特別、自分がこの事件を解決しなければならない、といった強迫観念を持っているわけでもないが、腑に落ちないのだ。音々子が渡り廊下で異変に気付いて現場に駆け付けたのも、動機をまだ聞かされていない。
「その、覚えてないってェのは、何で?」
重ねて尋ねる。音々子のシンキングタイムは、黙りこみ始めると聞き出すタイミングをどんどん逸してしまうので、なるべくこちらに注意を引きつけるためだ。嫌そうな顔をされても、これは止めてやらん。
「……私は」
「うん」
「その犯人の手首を見ていたの」
「うん……ン?」
手首――とは?
「手首に、何かあったの?」
犯人の手掛かりになるかもしれない。後々重要な情報になるかもしれない。そう思うと、央一の目が一気に集中の色に染まり始めた。
「とってもイイ尺骨茎状突起(しゃっこつけいじょうとっき)だったのよ、彼。大きさといい、形といい。周りの肉の厚みも控えめで、すうっと通った腕にとん、とそこにある感じが、とってもイイのよ。趣があってナイスなの、彼の尺骨茎状突起は」
「……うん」
どうしたんダロウ、音々子サンの瞳が輝き始めたゾ……。
「あの、……そのシャッコツケイジョウトッキって、何なん?」
言っちゃいけないかなとは思いつつも、ツッコまずにはいられなかった。彼女がそれほど入れ込む謎の単語は、いったい何を示すのか。
「この手首の、コレよ。手先と前腕の狭間にある、この横の出っ張り」
「あ、……ああっコレッ!? コレ、シャッコツケイジョウトッキってェの!!?」
「そうよ、それが素晴らしかったから私はずっと見てたの」
「あ、あぁーー……そォ」
ここでピン、と来ちゃった央一プレゼンツの『お察し解説』を付ける、以下。
音々子がずっと尺骨茎状突起なるものを見ていた、というのは、ずっとあの男をストーキングしていたということだ。首絞め魔の奴(やっこ)さんを見かけたときから、おそらくずっと。しかもその行動は無意識だ。自分がそういった変態的類(たぐ)いの尾行をしているとは、微塵も思っていない。自覚が無い。だから罪悪感もなく、こんなキラッキラなおめめで、ことの素晴らしさを心ひとつに伝えようとしてくる。
(音々子、恐ろしい子……)
犯人も犯人だが、音々子も音々子で結構危うい。
「アンタの尺骨茎状突起も素敵なんだけど、アイツの方が私の好みだわ」
「はァ……、さよか」
「アンタのはちょっと角ばり過ぎなのよ。差し詰め、今の段階ではナンバー2(ツー)ってところね」
「……」
自分が悪いわけではないのにイラッとくる。央一が何かしでかしたわけでもないのに、一位にはなれないらしい。

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