「……本当にここの生徒の一年生みたいね」
「分かってくれましたァ? ヨカッタヨカッター」
少女の白い手で生徒手帳は返された。央一は胸ポッケにしっかりしまう。
「私もこの学校の一年生よ。地蔵ヶ谷(じぞうがたに)音々子(ねねね)。一年E組、出席番号は八番。これが私の生徒手帳」
「ほう」
美少女フィギュア系黒髪美少女は名乗りながら自分の生徒手帳をプリーツスカートのポッケから取り出してきた。礼儀には礼儀で、というところか。
央一も手渡された生徒手帳をうやうやしく受け取った。口頭の情報と照らし「……これでお互いの身元の証明は済んだわけだけど、まだ疑いが晴れたわけじゃあないわ」
返却された生徒手帳をやはり制服にしまいながら音々子は言った。
「それはこっちも似たようなセリフをお返ししたいんですけどもォ~」
またしても先手を取られた央一は、両手を腰に当て口を尖らせた。それに対する音々子のリアクションは無かった。
「まず、何故この子が襲われてると思ったのかしら? それが分からないわ。アンタは外にいて、人の顔すら判別しづらいであろう窓から見ただけで事件が起きると判断した。しかも二階の窓、よ。これはどういうことなのかしら?」
いちいちキッツイ言い方をしてくる。疑いが晴れていないというのは本心のようだ。
逆にこれだけ央一に疑いを持っているということは、音々子が共犯者の類ではない、という証明にも遠回りながらなり得る。この正義感溢れる口調で突っ掛かって来るのも央一としては厄介だ。
「それはです、ネ……」
そして、いちばん止まっちゃいけないところで央一は言葉を切ってしまった。
(いや、言ってもイイんですけどもね、でもこれ言っちゃったらボクの青春終わりじゃあないですかァー……?)
「アンタ、外って言うけど、その外ってどの辺のことなの?」
ああ、ああ、ああ……っ!
(アカン、コレ、アカンて……ッ!!!)
非常にマズイところに立たされた。阿僧祇央一的に。
「何故黙っているの? 何かやましことでもあるのかしら?」
(おお、神よ……ボクの密かでささやかな趣味を取り上げようと言うのですか……!?)
音々子の表情が険しくなってくる。美人な造りの顔立ちが歪むと、突然恐ろしく感じるのは何でダロウ。ホラーの女幽霊とか女ゾンビとかが、わざわざ美人設定なのには、そういう理由があるのカモ。そんなくだらない発想にまで考えが及ぶほど、央一の脳ミソはショート寸前であった。
だがしかし、その場凌ぎで取り繕っても、このコワくてキツイ地蔵ヶ谷音々子サンから逃げ果(おお)せる気がしない。それはこんな短時間の接触でも、心得るのには十分だった。合わせる。写真も本人のものであり、すべてに誤りはなかった。
(クソッ、しょうがない……)
央一は男らしく腹を決めた。
「俺がいた外って言うのは、渡り廊下の傍(そば)のことで、そこにずっと立っていたンですよね。ここの窓からももちろん見える。あの辺よ、あの辺」
とりあえず核心は伏せつつ、事実を述べた。近くの窓からきちんとご丁寧に「あの辺」と指差し確認も加えて説明する。
15
「その前に、今日じゃあないお話なんだけども、背後から何者かに首を絞められて倒れてる女の子を保護したことがあンのよ」
「……」
「あっ、コワイ顔しないでネー、まだ続きがあるから。その時は、俺は犯人が何者なのかまったく見ることが出来なかった。俺がそこに来た時にはもう女の子は首を絞められた後で、気を失っていた」
じっと聞いていた音々子は、眉間の皺(しわ)が外れないまま探偵のポージングを取っている。腕を組み、片手を口元に当てて黙しているのが彼女のシンキングスタイルみたいだが、その沈黙がやたら重たい。
「何故……『背後から何者かに首を絞められて倒れ』たって言えるの?」
だが、ちゃんと話は通じているようだ。央一は少しだけ安堵して話を続けた。
「それは被害者の首を見れば分かる。犯人の指の跡が痣(あざ)のように残っているから」
もう一度屈んで、未だ目を覚まさない女子生徒の長いブラウンの髪を掻き上げた。首元が露わになり、明らかに健常ではない色が、皮膚下から浮き出ているのが見えた。
「この痣(あざ)、縦に並んでるでショ。形が少しずつ違うけど、似た向きで四つと四つ。これが犯人の指の跡」
「……確かに、そう見えなくもないわ」
「……まァ確定じゃあないからイイけどよ」
用心深いと言うか、まだ信じきれないようなのはその反応からよーく分かった。
「これとまさに同じのが、こないだ保護した女の子の首にもあった。……ンでも、この子のは少し薄いなァ。多分君が犯行現場に居合わせてたから、奴(やっこ)さん慌てて逃げてっちゃったんだろうな」
「それで、彼女は犯人のことを何と言っていたの?」
「いや、その子も犯人の姿を見ていなかった。それどころか自分が、何故突然に気を失って倒れたのか、分かっていなかった」
音々子の眉間に、更に深く皺が寄る。
「それは」
「君が今言いたいのはこうだろ? 『それはおかしい。これだけの痣(あざ)が残っているのだから何が起きたのかくらいは分かるはず。保健室の先生でも誰でも教えてやれる人はいた』ところがどっこい! ってことがあるンでね」
央一はふーっと息を吐いた。まさか世にも奇妙なこの出来事を、見ず知らずの初対面の人間に話すとは思わなかった。今でも理解しがたい、アレだ。
「この痣(あざ)、君も見たよネ? 覚えた?」
「? ……ええ、アンタの言うところの犯人の指の跡でしょう?」
「ハイ、ありがとうございます。それではとくとご覧あれ」
わざとらしくウェホンッと大きく咳払いをした。
「もしもォ~し? ご機嫌いかがですかァ~?」
そして被害者となってしまった茶髪の女子生徒の頬をぺちぺちと叩き始めた。

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