ボクらの鎮魂譚 - 11/66

2❀

「はっ」

平和に構えている場合ではないのだった。

「じゃあなくてだナ、君。さっきの男がどこに逃げたのか、知ってるかい!?」

央一は気を取り直して、というより、危機感を取り戻すように尋ねた。

「この子の首を絞めた犯人だ」

被害者の女子生徒はまぶたを閉じたままだ。安定した呼吸をしているので命に別状はないだろうが、犯人がまだ自分たちの近くにいるのなら、のこのこ背中を向けてここから離れた保健室に向かうことも危険を伴うだろう。

というのに、黒髪の女子生徒は突っ立ったまま、またしてもすぐには返答してこない。

どうしたのか。訝んで女子生徒の表情を観察する。目の前で人が倒れているのだから、急を要しているのは分かるものだ。何か言えない理由でもあるのか。央一がここに到着するまで犯人と被害者、そして目撃者であるこの黒髪女子生徒に何かあったのか――

「……変なことを訊くのね」

(ン?)

返って来た言葉は央一の不安と焦燥と予想をはるかに超えたものだった。

「アイツは向こうの階段を下りて行ったわよ」
「ンッ!?」

この娘が指差すのは、廊下の反対側。背中を再び何かが這い上がってくる。

「え、ト、俺が上って来た、あの階段……?」
「ええ、この校舎にはそこしか階段はないでしょう?」

(冗談……!)

ぞわぞわぞわっと鳥肌が立つ。

あの階段を駆け上っていた時、誰ともすれ違うことは無かった。それに上がりきった時は自分の降り立った上履きの音しか聞いていないし、この階は静かそのもので……。

少々混乱してくる。

この娘は嘘を言っているのではないだろうか。

「……えート、あの男……犯人が階段の方へ逃げて行ったのは、いつ?」
「アンタがこの廊下へ飛び出してくる直前よ」

絶対おかしい!

「チョチョイちょい待ちッ? 俺があの階段から来たのは君も知るところだがァ! だが俺は誰とも階段ですれ違わなかったぜェッ!?」
「でも確かにアイツは走ってこの廊下を、階段の方へ曲がったのを見たわ、私」

おかしい、おかしい……。

理屈が合わない。頭の中がぐるぐる廻る。

相変わらず静かなこの廊下に二人の声だけが反響している。

この娘は嘘を言っている――口裏を合わせるように、誰かに脅されている。

もしくは、この娘が共犯者――

央一はしっかりと黒髪の女子生徒を見据えた。ゆっくり立ち上がって、威圧するかのようにわざと距離を詰めた。
こうすると大体の場合、長身の央一を相手に女の子は皆ビビるのだ。

ところが予想外なことに、黒髪女子生徒は一歩も引かなかった。むしろ、その深淵の黒い瞳は央一にナイフを突きつけるかのようにギラッと光っていた。

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