ボクらの鎮魂譚 - 10/66

早く行かねば、また被害者が出る。首を絞められて――

渡り廊下から第二校舎二階の廊下窓に目を移すと、先に歩き去って行った茶髪の女子生徒が見える。何事もなく歩き続けている。

その後ろに、男が、歩いて、ついているのだ。そしてその男の影がじりじりと、茶髪の女子生徒の背後へゆっくりと近づいて行っている。

央一の目の裏では目撃したその映像が、スローモーションのように流されていた。

一階の渡り廊下口から外履きのまま侵入し、そこから反対側にある階段を目指して走り抜けた。またしても土足になるが急を要するのだ。

こうしている間にもあの茶髪の女子生徒が巻き込まれているのかもしれない。

自分と同じように異様な事態を察して駆けつけようとしている黒髪のあの娘も、あるいは。

そう考えると息が切れるのも忘れて自然と走っている自分がいた。

(速く、速く! 急げ――ッ)

長く感じる階段。妙な緊張と急な運動のせいで浅い息を強いられる。

(たったの一階分だ! 数歩で上れるはず――!)

ようやく降り立った二階は、いやに神妙な空気を漂わせていた。静寂、とは少し違う。

「こっちか!?」

渡り廊下がある方向はこちらからまた反対側。人の気配の薄い廊下へ躍り出し、向こうを睨み付けた。

「!? クソッ……!」

男はいなかった。

かわりに見えたのは思った通り、黒髪の女子生徒と、既に気を失って倒れている、被害者だった。

(逃げ足の速い奴だぜ……)

犯人のことは一旦置いておく。今は被害者になってしまった茶髪の女子生徒の様子を見るのが先決だ。

とりあえず、混乱しているかもしれない黒髪の娘を驚かさないように、央一はその場で声を掛けることにした。

「大丈夫か!?」

黒髪の女子生徒は渡り廊下口を背にして、美脚のシルエットを、磨かれた床に落としていた。逆光は必要以上に華奢に見せた。その格好は、遠目には立ち尽くしているようにも見える。

応答は無い。仕方なく央一は被害者の女子生徒の元へ走り寄った。

「この子……大丈夫か?」

現場の位置は、渡り廊下口から階段側へ十メートル弱進んだくらいの場所。今、被害者の女子生徒はそこに倒れている。立ち尽くしている状態の黒髪の女子生徒は、渡り廊下から数メートル校舎に入っただけで、現場からは少し遠いところに居る。

そして央一は屈み込んで被害者である茶髪の娘のうなじを覗いた。うつ伏せに倒れているわけだが――、偶然にしても出来過ぎである。見覚えのある鬱血痕があった。

(同じ、か……?)

外からほんの少し影が見えた程度ではあるが、この鬱血痕の指の跡から推察するにあの男である可能性は高い。犯人はあの日と、同一人物かもしれない。

まだ意識無く横たわっているが、前回のように首筋から脈を取り、この被害者の女子生徒も息があることを確認できた。仰向けにして気道が取り易そうな体勢に寝かせ直す。

(そうだ)

あの男はどこへ逃げたのか。女子生徒の無事が分かったばかりだが、肝心なことを忘れそうだった。少し離れた所に居た黒髪の娘がそそそっと近寄って来たことも、その気配で存在を思い出した。
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(フフフン?)

待てよ。と思う。

あの男は、この第二校舎二階廊下の渡り廊下側から被害者に、背後から近づいた。この校舎には階段が一つしかない。その階段と言うのが、さっき央一が走って来た階段だ。それからさり気なく隣までやって来た、この美少女フィギュア的足腰を持つ黒髪の女子生徒。この娘はずっと渡り廊下口の傍に立っていた、ようである。それに加えて無傷。逃げる犯人に突き飛ばされたりした様子も見えない。

(じゃあ……)

男はどこに行ったんだ?

「……」

もちろんこの階にも勝手に入れるような教室はいくつかある。そこに逃げ込んだのだろうか。

いや、それなら慌ただしい音がどこかから聞こえてくるはずだ。耳を欹(そばだ)ててみたが、部活動の掛け声が外から聞こえてくるくらいで、校舎内部は随分閑静である。それから大事なこと、央一と、黒髪の女子生徒と、被害者となってしまった茶髪の女子生徒以外の姿は廊下にない、というのを再度確認する。

単なる予想だが、ソイツはこの学校の人間じゃない。そんな気がする。

根拠らしい根拠ではないが、ちらっとだけ見えたその男の肩が、仕立てた上等な服を着ているように見えたのでそう思ったのかもしれない。まず央一が着ているような、有薗望港学園指定制服の色柄ではなかった。

二つ目に、ここの教師はズボラなのか何なのか、ピシッとしたスーツを着ていない。どいつもこいつも私立校なのに田舎教師然としていてどことなくだらしない雰囲気が抜けていないのだ。全部の教師を見たのは入学式の時だけだったので、そこまでの自信はないのだが。

それでも、服の素材と肩筋から見える姿勢、まとめて『品位』ともすべきか。何となく、本当に何となくの感覚だが、あの男がこの学校の空気と馴染んでいないように央一には思えたのだ。

となると、まだどこかに潜んでいる可能性も出てくる。おそらく犯人は校内の地理に疎い。

階段を使っていないのは確かなのだから、まだこの近くにいる。

「なァ、君」

この娘は犯行現場を見ているはずだ。

「さっきの怪しい奴はどっちへ行った?」

犯人がまだ近くにいるとして、次のこちらの行動が筒抜けてしまったら、また面倒が起るかもしれない。そう考えた央一は必要最低限の声量で話し掛けた。

「……」

おや、返事が無い。

わざわざ今尚倒れている被害者の所まで歩いて来たのだから、話せると思ったのだが。

「……もしかして君も、何かされ」
「アンタ」

央一の言葉を遮って降って来たのは、想像していたよりもずっと太い芯が通った、落ち着いた声であった。突然話し掛けられたので思わず、ビクッ、としてしまったが。

「とてもイイ尺骨茎状突起をしているわ。すごくイイ形、素敵よ」

エ、なんて?

(ほ、ホメラレタ…………のけ?)

「ナイスだわ」

褒めている。
やっぱり、褒めている……みたいである。

「……えート、…………アリガトウ?」

見上げた黒髪女子生徒の顔も、想像していたよりもずっと美少女だった。

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