文章

11―願いを失うと云うこと即ち

 翌朝――――。 ミヤは気になることがあって、早朝の新聞配達の途中に件くだんの運動場へ寄った。気になることというのは、もちろんゴッちゃんのその後の安否だ。 まだ数部の朝刊がカゴに残る自転車を、運動場のフェンス脇に停めた。「やっぱり扉は壊れた…

10―ゴッちゃんの最期と見えない記憶

「仁人さん……勘違いなさらないでください。これはマツリです。単なるゴロツキの喧嘩などではないのです。きっちりと締めを執り行わない事には次に進むことは出来ません。敗者の願いをカミに届けること、それが勝った者の役割……先ほども申し上げましたが、相手の願いを打ち砕くことが勝利の条件です」 「願いを打ち砕くったって……どうすりゃいいんだよ……」 もしこれ以上ゴッちゃんを痛めつけようとすれば、何かしらの障害が残ったり、最悪死ぬこともあるかもしれない。ミヤはぞっとした。 「……いや待て。ゴッちゃんの願いが分かれば、これ以上戦うことを避けることができるかも……!」 ゴッちゃんは何故かミヤと理由をつけては戦いたがっていた。昨日はここら一帯でどっちがいちばん強いか決めたい、といった内容のことをゴッちゃんは言っていたが……。

9―決闘VS 5号棟505号室

 ゴッちゃんの憎しみが何処から来るのか――ミヤは考えたことがない。「タイマンだってのに、バイクから降りないのはアリなのか?」「ええ、有効です」 しれっと返されると、そうかよ、としか竹誓に返答するほかない。その竹誓は運動場を囲むフェンスの外に…

8ーミヤと団子と、しろうさぎ

 登校するや否や、どこからか噂が出来上がっていた。「あのミヤが、昨日来たばっかりのカワイイ転校生と同伴登校してきたってよ!」「ミヤって沼落ぬまおち団地最強っていうあの? 意外と手が早いんだなあ」「転校生って誰?」「二年D組に来たあの娘だよ。…

7―ミヤ、マツリに参加を表明すること

「あの……」 「……ちょっと考えまとめるから、待って」 どうする? どうするどうするどうする――――? 一瞬のことだったし、仕事やほかの心配事や、慣れない客……のようなおまけもいたことで、チョウの危険度を失念していた。よりにもよって残高がワンツーで多い通帳を持って行かれるとは。しかも今日は大物家電である冷蔵庫までヤラレタ。きっと例によってリサイクルショップに売り飛ばして、チョウの財布を温めたことであろう。そんなことならミヤが手ずから売って生活費の足しにするものを。 「……っ」 否、出来ない。 「……母さんが使ってた台所の物……どんどん消えてっちまうな……」 今日失った冷蔵庫に、前回売り払われた電子レンジ。母親がまだこの部屋で暮らしていた頃は大いに活躍していたコーヒーメーカー。ミヤの誕生日にだけ出てきた電動の泡だて器。小学校の宿題で貸してもらったものの、結局母親が代打で夜なべしてけたたましく走らせていた古いミシン。あんな父親でも母親が居ればミヤと三人揃って温まっていた電気コタツ。同時に笑い合う瞬間をくれたテレビーー今はもう何もない。

6―クソ親父、チョウ現る

そんな昔のこと、ミヤは全然記憶にない。 そういうことをしたかもしれないし、してなかったかもしれない。ミヤはそれほど記憶力が良くない。それは日々の学校の授業からも証明済みだ。 「お前の親父のチョウさんもそれの類だ! 大型トラックに轢かれても、バンパー凹んであっちが当て逃げされたって言ってたそうじゃねえか!」 「あーそんなこともあったな……」 その事件については覚えている。 俺が小学生の高学年の頃、夜中に酒瓶片手にふらついていた父親が道路に出てしまい、スピードの出た大型トラックがそこを突っ込んだのだ。だが蓋を開けてみれば被害の出たのは大型トラックの方で、運転手は無事だが酷く<ruby>狼狽<rt>ろうばい</ruby>していたそうだ。それはそうだ。確かに跳ね飛ばしたのに一升瓶を守って受け身を取った丈夫で俊敏なオッサンを真夜中に見てしまったのだから。

5―とある鬼子について、ゴッちゃん曰く

 団地に併設されている公園は遊具も滑り台から雲梯やブランコと、一通りそろっていて広さがそこそこあった。同じような大きさの公園は団地敷地内に他にもいくつかあるんだが、ここの公園はミヤが住んでる5号棟からいちばん近いので特によく見かけた。「おい…

4―ミヤ、輝夜竹誓との會合とゴッちゃんとの開戦

「誰、アンタ?」 また変な奴に声を掛けられたな。ミヤはそう思った。 チョウが金を借りてそのままトンだ、とかいう用件だろうか。それとも自家用車にドツかれたから修理費を払えとか、夜の店で暴れたから賠償金とかーー? 嫌な想像ばかりぐるぐると脳裏に過るが、女はそんなミヤの頭の中が読めるかのように、にこりと微笑んだ。 「本日の早朝から、貴方はマツリの参加者として認められました。グラウンドで対戦者の|宇和島吾太郎《うわじま ごたろう》さんがお待ちですよ」 コイツ、変な奴だ――! 「アンタは……マジで何?」 「あら、失礼いたしました。まずは名乗らなければ」

3―ゲッツの罪を数えること

ミヤがぼやっとしていると、隣に眼鏡をかけた男子生徒がやって来た。ゲッツが呼びつけたヨロイこと、|鎧胴雅記《よろいどう まさき》。二人の幼馴染である。 ちなみにヨロイはミヤと同じクラスなので、ずっとその辺で他人のフリをしていた。しかしゲッツに手招きされて、しぶしぶ弁当と箸を携え呼ばれてやったのだった。 「……なんだよ、俺を巻き込むな」 「おォーいィーミヤー言われてんぞ〜?」 「お前もだよゲッツ。ていうか主にお前だ。またミヤの名前でゴッちゃんに何かしでかしただろ。ミヤブッ殺す! って、|奴《やっこ》さんカンカンらしいぞ。放課後シメルって息巻いてたって」 ヨロイはため息まじりに空いている席に座った。

2―輝夜竹誓は戦いの女神か

沼落ぬまおち第一高等学校―― 沼落団地からもっとも近く、偏差値は高くもなく低くもなく。強い運動部もないし、出身の著名人もいない。進学率はむしろ平均より低い。しかし公立であるという一点だけは魅力的であり、この地域ほとんどの子供が中高一貫校のごとくまるごと入学する。 その沼一高ぬまいちこうの正門前に、左ハンドルの黒塗り高級車が停まる。一瞬で非日常の気配を察知したのは登校中の生徒たちだ。 「えっ、あの車もしかして」 「いやいやあの超人気アイドルが降りてくるとかないって!」 「でもああいう車よくレッドカーペットの前に超停まるじゃん!?」 「うそ!? じゃあ超有名セレブ女優とか?」 妄想力逞しい思春期はてんやわんやである。 車から降りてきた黒服の男を見止めるなり、更に現場のテンションがブチ上った。 しかし彼女らの春の雪より儚い予想は夜店のお好み焼きより豪快に覆されることになる。

1―貧乏学生ミヤ、朝の新聞配達で金を得ること

下り坂をほうき星のように走り抜けるのは、まだ薄暗い早朝に灯った自転車のライトだ。 その自転車はボディに『日和実新聞』と小さな看板が取り付けられていて、ガシャコガシャコと乱暴な漕ぎ方の運転手と一緒に揺れている。 ペダルを全力で踏んでいるのは、調仁人(つきのみや じんと)。 高校生ながら家計が火の車なためにこうして自分でも日銭を稼いでいるが、新聞配達は彼が掛け持ちしている職場の一つに過ぎないことを先に言っておく。 年季を感じさせる自転車のカゴには新聞が何部も積み重なり、この丘の下に見える沼落団地の住民に届けられるのを待っている。 自転車はドリフト気味にようやく停止した。 ぱっと見では数えきれないほどに立ち並ぶ薄汚れた外観の巨大な四角柱の群れ。都会のビジネスビル群とはまた違った威圧感を感じる。未だ静まったここが沼落団地である。 「えーっと、24号棟からだな。うっし、のぼるか」 ミヤはズボンのポケットにくしゃっとメモ紙を突っ込み、自転車のカゴから新聞を決まった部数だけ小脇に抱えた。

ボクらの鎮魂譚

―前章―

「春のうららの澄んだパンツ」 うん、風流だ。実に風流。と、自分の呟きに満足げに頷く、阿僧祇央一(あそうぎよういち)。高校一年生。今年の四月に入学してきたばかりにも関わらず、制服の着方は既に崩れている。 紙パック黒ゴマ牛乳をじゅじゅじゅこ~っと吸い上げ、 「っぐっふぉ、ぉ、ごほっごほっ……」 むせた。 央一は今、寝転がっている状態だからだ。そして何故央一が寝転がっているのかと言うと、 「うん、良いパン尻だ! 健康的な、……こほっ」 彼の趣味であるパンチラ鑑賞、フィールドワークの真最中だからだ。